【ロールモデル】
ロールモデルとは
高齢社会をよくする北九州女性の会 代表
地域の女性たちが自立し、世代を超えて支え合える場をつくりたい―。そんな思いで1985年、「高齢社会をよくする北九州女性の会」を立ち上げた。福祉社会に関する調査研究や勉強会のほか、高齢者への配食活動、家事援助などの生活支援サービス、子育て支援サービスなど幅広い事業を展開している。「誰もしないなら自分たちでやろう」という姿勢は共感を呼び、初めは300人だった会員数は倍以上になった。活動の原点には、見ず知らずの土地で、周囲に助けられながら子育てしたときの感謝の思いがあるという。
静岡県伊豆の造り酒屋に生まれた。血縁関係で家業を守り継ぐ暮らしは、結婚して180度変わった。新婚生活を過ごしたのは、知人がおらず、習慣や言葉も分からなかった鹿児島。年子で2人の息子を出産し、大家さんに間借りした部屋にはおむつの山。就職したての夫の給料でやりくりするのは厳しく、「1個10円のキャラメルを息子たちに買うかどうか、悩みながら市場を3往復したのを覚えています」。
急激な生活の変化、育児書片手の子育て…。ストレスがたまり、虐待しかねない精神状態だと自ら感じたとき、さっと方針転換を決めた。「家政婦さんを頼もう」。3食の支度など家事全般と子どもの世話を頼んで、気持ちが楽になった。代金を支払うために始めた英語教室が評判となり、それをきっかけに地域に溶け込めた。後に知ったことだが、「都会のもんはお茶も出さんと思ったら、おかわりまで出してくれた」という話が地域に広まったのだそうだ。
子どもの幼稚園行事に意欲的にかかわることで、さらに友人が増えた。夫の転勤で北九州市に引っ越すときには、駅のホームからあふれるくらいの見送りがあったという。「自分のかかわり方次第で、血縁のない人とも信頼し合い、支え合えると実感した体験でした」と振り返る。
子どもたちが小学校に上がると、PTA副会長や母親たちでつくる「母の会」会長を務めた。学校は荒れ気味だったが、冨安さんはそれを看過せず、校長や北九州市の教職員課長にすぐ連絡を取った。「教育は人間の基本。それを怠ると悪循環になる。まずは、40人学級を30人学級にしてください」と直談判。最初、壁は厚かったが、「私たち親も精一杯後押しします」と言い続け、北九州市内の小学校で初めて30人学級の実現につながった。
地域の中学校も荒れていた。周囲には私立中学への進学を検討する保護者も多かったが、「みんなで地元の中学校へ行こう!」とキャンペーンを展開。中学校の教員を小学校に招いて、みんなで対話できる場をつくるなど、協力し合える関係づくりを心掛けた。
「私たちが生きる土台は足元の地域。だから、地域の問題は避けるのではなく、自分たちの手でよくしたかった」。鹿児島で経験したように、人間関係はちょっとしたきっかけで、すっと風通しがよくなることがある。肝心なのは、敬意や信頼を持って対話すること。そして、仲間とつながれる場を持つこと。そうした活動で得る達成感が、冨安さんを地域活動にのめり込ませていった。
「高齢社会をよくする北九州女性の会」を立ち上げたのは、51歳のとき。「自分の親は遠方で、親孝行らしいことができない。その代わり、地域に居合わせた者同士が、血縁によらず支え合える仕組みをつくりたい」という思いがあったからだ。
高齢者への配食活動を始めたのは発足から2年後。行政に持ちかけるより、「自分たちでやった方が早い」と考えてのことだった。「元気なシニアには子育て世代を支えてもらおう」と、育児支援サービス“グランマ”も始めた。合言葉は「遠くのおばあちゃんより、近くのグランマ」だ。
余力のある人が、必要としている身近な人のために動く―。「そんな気持ちいい循環が広がれば、結果的に暮らしはよくなる。次世代に伝えたい未来図です」。子育て世代を含むさまざまな地域団体はもとより、国境を越えて課題を分かち合い、志を共有するネットワークを構築することが、これからの目標だそうだ。
( 2013年9月取材 )
実家は、戦時中の統制で休止していた酒造りを、戦後に全国でいち早く再開させた造り酒屋。食べるに困ることもなく育ったが、「新婚時代は、年の瀬の食事が刻んだ水菜のおじやだったり、苦労しました」と笑う。そんなとき心の支えになったのは、学生時代に出会ったワーズワースの詩の一説「志は高く、暮らしは低く」という言葉だった。「おかげで、みじめな気持ちになることはありませんでした。言葉には力がありますね。今でも座右の銘として大切にしています」。
高齢社会をよくする北九州女性の会代表。静岡県伊豆市生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。学生結婚し、最初の9年間を鹿児島で過ごす。北九州市に移ってから、北九州市社会教育委員、福岡県婦人問題懇話会委員などを歴任。現在は、「北九州いのちの電話」副理事長、北九州市障害福祉ボランティア協会理事、アジア女性交流・研究フォーラム評議員、大学の非常勤講師などを務める。これまで世界50カ国余りを訪れ、女性、高齢者、青少年の問題についての調査研究にも取り組んできた。
キーワード
【た】 【NPO・ボランティア】 【子育て支援】 【福祉】