【ロールモデル】
ロールモデルとは
office TK 三池港1dayカフェ代表
石炭の積出港として明治に開港、重要港湾として栄えた三池港。三池炭鉱が閉山された後は、国際物流の拠点として世界とつながっている。2009年に、九州・山口の近代化産業遺産群としてユネスコの世界遺産暫定一覧表にも記載された。飲食施設も無く一般市民がなかなか足を踏み入れることのなかったこの港に、2009年3月カフェが出店した。港の歴史や美しさを肌で感じながらコーヒーを楽しむ「三池港1dayカフェ」。福岡県大牟田土木事務所(現南筑後県土整備事務所)との協働プログラムにより開催した。初の試みだったが話題を呼び、かつての港湾労働者や若い世代など、予想をはるかに超えた多くの人が訪れた。一日限りのはずが今は年数回、大牟田市のイベントで出店している。その発起人ともいうべき一人の女性が、田中久仁子さんだ。
「私にとって、ホテルは大学でした」。高校を卒業して大牟田のホテルに入社した田中さん。レストランに配属され現場での経験を積み、ホテル内の小さなショップの仕入れから販売までの全てを任された。次に企画室を経験するなど、店舗運営に関する業務とおもてなしの心を学んだ。また、その間テーブルマナー講師や日本料理食卓作法講師の資格を積極的に取得。持ち前のバイタリティでホテルの関連学院で講師も担うほどに。自分の希望を強く意識すれば、その思いはいつか遂げられる、「切なるは遂ぐる」という言葉を当時社長に教えられた。今でも田中さんの心の軸となっている。
幼い頃、母親を亡くした田中さんは父1人子ひとり。高齢の父親は入退院の繰り返しで、長い間、仕事と介護の両立を余儀なくされ、やがて15年間務めたホテルを退職した。そんなとき、知人からの依頼でイタリアンレストランの立ち上げ準備に携わることに。「頼まれたら断らない」という田中さんの元には、いつも様々な依頼が飛び込んでくる。結婚、出産と生活環境も大きく変わる中、ブライダルオペレーションの仕事や旧三井港倶楽部のブライダル部門の立ち上げにも携わった。
三池炭鉱が閉山して15年。姿を変えていく大牟田の町に、活力を望む声があちこちから聞こえる。子育て情報誌の座談会や、世界遺産セミナーのパネリスト、大牟田特産品開発推進委員やおおむた大蛇山まつり規則・審査委員を引き受けた。彼女の根底にある、ホスピタリティから発せられる言葉が、いつしか地域おこしの活動には、欠かせない存在となっていた。ホテルにいた頃は、考えもしなかった観光地としての大牟田。多種多様な活動に参加しているうちに、この地の魅力を地元はもちろん、他の地域の人にも知ってほしいと考えるようになったそうだ。人を過ごしやすくしてあげたいという気持ちから湧き出る、その実行力と発信力を買われ「三池港の将来を考える会議」に参加し、「三池港1dayカフェ」へと発展していく。
男が働く町として栄えた大牟田だが、ここで生まれ育ったひとりの女性の新しく楽しい発案から、すこしづつ変わり始めている。やり始めるとトコトンやらないと気が済まない。目の前にある問題を見過ごせない。そこから自分のやりがいを見出す不思議な魅力の持ち主の田中さん。
80周年を迎える大牟田商工会議所に、初の女性会ができ、その発起人の会に参加することになった。今後いろいろな繋がりが益々増えてくる。もう、炭鉱が負の遺産と感じる世代も少なくなってきている。それと共に、町が衰退するのではなく、みんなの声を集めて、女性の視点で加工して、そしてまた発信。これからも田中さんの発信する言葉のひとつひとつが、町を変えていくきっかけになるだろう。
(2012年10月取材)
一番大事な家族。その家族のもとに帰る前には必ず、カフェでお茶をする一人の時間を持つ。サワサワした心のまま戻らない。15分位のほんの少しの時間、スケジュール帳を見たり本を読んだり、少し頭を整理すると頭の余地ができてきて、精神のバランスが取れてくるそうだ。
大牟田生まれ。福岡県立大牟田南高校卒業後、福南開発(株)オームタガーデンホテル入社、2001年1月退職、4月「トラットリアパレオ」立ち上げ。2003年結婚。2006年旧三井港倶楽部ブライダル部門立ち上げ。2009年退職。翌年2月、大牟田南ロータリークラブ事務局勤務、9月office TK設立。地域興しの活動をしながら、企画プロデュース、接客コンサルティング&講習、商品企画を行っている
キーワード
【た】 【起業】 【国際・まちづくり】