【ロールモデル】
ロールモデルとは
NPO法人ウィッグリング・ジャパン 代表
「かつらと共にがんと闘う勇気を繋ぎたい」。上田あい子さんが代表を務めるNPO法人ウィッグリング・ジャパンは、抗がん剤治療による脱毛で、心身ともに大きなダメージを受ける女性患者の精神的負担を少しでも和らげようと、がん治療を終えた女性たちから、使用していたウィッグ(かつら)を譲り受け、それを闘病中の女性たちへ無償で貸し出している。先が見えないという不安に苦しむ患者さんの心に寄り添う活動を続けている。
大学で希望の学部に進学できなかった悔しさをバネに、就職活動に全力を注ぎ、狭き門を突破して、あこがれのテレビ局に就職した上田さん。テレビ制作部に配属され、ほどなくしてプロデューサーに大抜擢、医療系番組を担当することに。前任の女性プロデューサーが指名してくれたもので、20代半ばの経験値でのプロデューサー職は社内初のことだった。「若い女性というだけでなかなか認められず、本当に辛い思いもしました。自分にはもう無理だと本気で悩みましたが、責任もあるので区切りのよい2ヶ月だけは頑張ろうと、必死に医学の勉強にも励みました」。そうした努力が徐々に医療関係者や周囲の人達にも認められ、気付くと、番組を担当して8年近くの年月が経っていた。24歳で出産も経験、実家の協力もあり、仕事を継続することができたという。そうした経験を活かし、子連れで楽しめる情報を育児番組で紹介するなど、女性目線の番組づくりに努めた。
充実した生活の中、転機が訪れる。福岡西方沖地震が発生。上田さんたちは真っ先に取材現場へ向かう。しかし一方で、わが子の身に危険が迫ってもすぐには駆けつけられない。そのジレンマに大きく心が揺れた。「何のために仕事をするのか」疑問を感じるようになり、その後、体調不良にも見舞われる。この時の苦しみを理解し導いてくれたのは、インターネット上のコミュニティーで知り合った同業種の先輩ママたちだった。上田さんは、女性にとって、こうしたネットワークがいかに大切かを痛感した。まもなく、自分の道を探すため、テレビ局の社員を卒業した。
ある時、幼なじみが乳がんであることを知る。仕事に打ち込み、美容にも人一倍気を使う女性だった。「抗がん剤の副作用で、髪が抜け、肌もボロボロになってしまう。せっかく積み上げてきたキャリアも中断しなければならない。なぜ自分だけがこんな目にあうのだろう」と落ち込む幼なじみ。そんな彼女を見て、上田さんは、抗がん剤治療の経験のある友人に相談してウィッグを借り受け、“がんばって”という友人の言葉とともに手渡す。この時幼なじみは、がんの苦しみを乗り越えた人の存在を強く感じたという。「自分だけが苦しいのではない」。がんを乗り越えた人からウィッグを渡されることで、闘病中の人は、希望や勇気をもらう。そして自分も病気を克服し、「勇気のバトン」を次へ繋げようと思う。彼女たちの生きる姿そのものがロールモデルだ。上田さんがウィッグリング・ジャパンを立ち上げるきっかけとなった出来事である。
20万円近くもする「医療用」かつらは患者にとって大きな負担。不景気な現在は、かつらどころか治療すら中断してしまう人が多いのも現状だ。そんな経済的負担と精神的負担を少しでも軽減したいと始めたウィッグリング・ジャパンだが、設立当初は、「何か高価なものを売りつけられ、利用されるのではないか」と疑心暗鬼の患者も少なくなかったという。闘病を終えた人が提供してくれたかつらは「勇気」や「希望」のメッセージとともに、これから闘病に臨む人に1年間、無償でレンタルし、元気になったらまた次の人へ・・・その善意の輪は次第に広がっていった。今では、利用者は300人を超えている。
病気を乗り越え、希望や自信を取り戻した人たちをたくさん見てきた上田さん。ウッィグリング・ジャパンでかつらの試着などの接客にあたるスタッフも皆、がん治療経験者だ。「そんな彼女たちの姿を通して、闘病の先にある“希望”が見いだせるから頑張れるんだと思います」。
かつらのレンタルのほか、がん患者が情報交換できる交流サロンや定期的なセミナーなども開催し、がんと闘う女性をサポートしている。
上田さんは、テレビ局時代の経験を元に、映像・WEB制作の会社を経営している。「取材で地方へ行くと、そこに住む方々はお洒落をして、嬉々とし、お祭りのように活気づきます。メディアには人を元気にする力があると思います」。地域に眠る価値あるものを紹介し、社会との橋渡し役になりたいという上田さんは、これまでにサービスエリアのコンサルティングや地域の特産品開発などを手がけてきた。
こうした仕事もウッィグリング・ジャパンの活動も、テレビ局時代に培った人脈や地域の人たちとの関係があって初めて可能になったという。数々の苦労も含め、経験や人脈に恵まれたことを感謝している。「たくさんの良い出会いに支えられてきた自分だからこそ、できることがあるはず」。ひたすら前進し続ける上田さんには、応援者や理解者がいて、呼びかけたい人たちがいる。希望を信じ、人を信じる力が、彼女の原動力かもしれない。
(2012年8月取材)
「アロマやハーブを楽しんだり、自然に触れ合ったりしてリラックスするよう心がけています」。また、お父さん、弟さん、子供さん、そしてご自身もラグビーを楽しむラグビー一家。もしかしたら、“one for all, all for one.”の精神が、今の上田さんを支えているのかもしれない。
福岡県出身。大学卒業後、福岡のテレビ局で10年以上情報番組制作に携わる。
2008年に、P&Cプランニング株式会社を設立。メディアPRコンサルティング、Webサイト、動画、プロモーションビデオなどの制作プロデュースを行う。
2011年に、NPO法人ウィッグリング・ジャパンを設立。がん患者へウィッグのレンタルと、ヘルスケアセミナー、予防・検診啓発イベントを行っている。
2013年、平成25年度ふくおか共助社会づくり表彰(協働部門賞)受賞。
キーワード
【あ】 【起業】 【NPO・ボランティア】 【福祉】