ロールモデル
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講師情報
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臨床心理士、フェミニストカウンセラー
冨永明子さんの肩書のひとつは「フェミニストカウンセラー」。九州でこの資格を持っているのは3人だけという(2012年8月現在)。「女性の生き辛さは個人の問題にとどまらず、社会の問題である」という視点を持って、女性が抱えがちな問題の解決をめざすのが特徴だ。
女性の支援を原点として、これまで幅広い分野でのカウンセリングや支援活動にあたり、講師としても活躍している冨永さん。「いろいろな活動に共通しているのは“女性の生き方の支援”なんです。フェミニストカウンセリングが私の人生を拓いてくれました」と、穏やかに語る。
地元福岡の大学を卒業後、難関を突破して第一志望の航空業界に就職したものの数ヶ月で転職。その後、24歳で結婚して神奈川県へ。今度は派遣会社に登録して、受付や秘書、人事など、さまざまな仕事を経験した。
27歳で、女の子を出産。専業主婦としての生活が続く中で、言いようのない苦しさを抱えていった。社会から隔離されたような不全感、「嫁」という不可解な立場、夫婦で理解しあうことの難しさ…。「いま振り返ると、うつ状態でしたね」。子どもが2歳になる前に離婚して、子どもとふたりで福岡へ帰った。
とにかく生計を立てなければと働き口を探しているとき、たまたま目にした求人で「女性問題コーディネーター」という職業があった。気になり女性問題の本を読んでみたら、「男女の性別役割、子育て、嫁姑、母娘関係など、女性が社会において抱えやすい問題について書かれていて、『これは私のことだ!』と。駆り立てられるように、もっと学びたいと思いました」。
折しも、九州初のフェミニストカウンセリング講座が熊本で開催されることに。平日は仕事をして、週末に熊本へ通って講座を受ける生活を1年続け、東京や大阪へも足を運んだ。当時2歳だった子どもは、行く先々で託児をお願いした。「学ぶこと、出会う人すべてが刺激的で、性別や年齢、国を超えて、対等な意識を持つことの大切さを知りました。私自身の心も楽になっていきましたね」。
受講から5年後、福岡県男女共同参画センター「あすばる」の相談室に採用された。3年間の有期雇用とはいえ、初めて女性支援が常勤の仕事になったのだ。主に女性問題に関する相談を受けるうち、相談員という立場の責任の重さを感じ、「もっと専門知識を身につけたい」という思いで大学院への入学を決意。奨学金制度を利用して、この4月まで8年かけて心理臨床を学んだ。
学生生活と並行して、多彩な仕事にも恵まれた。産業領域の相談室、学校保護者相談室、精神科病院、ひきこもり支援の場、非常勤講師など、この10年で12の職場を経験。常勤と非常勤をいくつもかけもちして、年10~30本の講演活動も続けてきた。いまは家庭相談員として、主に女性の暴力被害やひとり親家庭の相談に応じている。「一人ひとりの話に耳を傾けていると、その方が自分なりに切り拓いてきた道が見えてきます。辛い環境にあっても、たくましく歩んでこられたことに感動します。『すごいですね』と素直に伝えるだけで、その方の問題のとらえ方が変わってくることもあるんですよ。私自身、家庭生活や仕事のごちゃごちゃをたくさん経験したからこそ、共感できることが多いのかもしれませんね」。職業上の立場をはるかに超えて、冨永さんは相手を丸ごと受け止めている。だからこそ周囲から信頼を集め、次々に仕事を任されてきたのだろう。
実に多様な現場で人間と向き合ってきた中で、見えてきたものがあるという。「一見、バラバラな問題のように見えるけれど、根底にあるのは、母親や妻といった枠にぎゅうぎゅうに押し込められて、苦しんでいるという状況でした。男女を問わず、役割から一旦自由になってもらい、その人が本当にやりたいことを支えたい」というのが冨永さんの願いだ。たとえば、ひきこもり支援では、母親へのアプローチの重要性を実感した。母親が子どもの問題に必死になると、子どもは余計に辛くなる。母親が楽しく自分らしく過ごすことで、子どものひきこもりが自然に良い方向に向かったケースも数多く見てきた。
離婚を経験し、小さな子どもを育てながら、綱渡りで生活していた20代。30代後半で大学院に通い、ようやく道が見えてきた。40代で資格を取り、自らのライフワークを確信した。「何事もやりどきがあって、始めるのに遅すぎることはありません。結婚しているから、母親だからと選択肢をせばめ、タイミングを逃すのはもったいない。やりたいことがあれば、やってみてほしい。そのためには、家族や友人や職場の人など、まわりの人たちとコミュニケーションをとることが大事。自分の想いや考えを言語化することがパワーになるんです。伝えることで道が拓ければ、それが大きな自信になり、人生がもっと豊かになりますよ」。どんな質問にも丁寧に応じ、示唆に富む話を聞かせてくれた冨永さん。この温かいまなざしと真摯な姿勢で、これからも多くの人と向き合っていくのだろう。
(2012年8月取材)
離婚直後は、自分の生活や仕事について様々検討する時間でもあったという富永さん。その中で、紅茶について勉強する機会を得て、ティーアドバイザーという資格を取得。女性支援のかたわらで、「おいしい紅茶の入れ方教室」を開催していたそう。当時から現在まで、毎朝リーフで丁寧に淹れた紅茶を飲んで一日を始める。「どんなときにも自分に心地よさを与えることは大切なんです」。
福岡市出身。西南学院大学で児童教育学を学び、一般企業に就職。結婚のため24歳で神奈川県へ引っ越し、派遣でさまざまな職場を経験する。27歳で長女を出産、30歳で離婚して福岡へ。フェミニストカウンセリングを学び、97年から講師業をスタート、2002年「あすばる」の相談員に。仕事を続けつつ、2006年九州産業大学大学院国際文化研究科国際文化専攻臨床心理学コース修士課程修了、2012年3月に同大学大学院臨床心理学領域博士課程単位修得満期退学。
キーワード
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