社会や経済が大きく変わっている今、女性の活躍を進めるために必要なことは何か。労働省(のちに厚生労働省)で32年、資生堂で8年勤め、行政・企業・社会貢献活動の中で、女性の活躍のために様々な取り組みを実践されてきた岩田喜美枝さん。女性が社会で活躍することの大切さを、女性個人の視点と企業の視点を持ってお話いただきました。
私達は何のために働くのでしょうか。私は「仕事は人生の手段ではなく、人生の目的そのもの」と捉えています。仕事を通じて会社に貢献すること、企業使命を達成・実践することで世の中の役に立った実感を得られたとき、とても幸せでした。「キャリアを作る」「家族を作る」「社会と関わる」。この3つが私にとって納得いく人生を送るための柱になっています。
まずキャリアについて。大事なことのひとつは、仕事を通じて一皮向ける経験をすること。もうひとつは異動を通じて異なる仕事を体験することです。私は労働省で男女雇用機会均等法を制定するチームに在籍していました。この法律は労使の意見の相違や与野党の見解など、大きな対立がありました。それらを乗り越えて成立・施行されたからこそ、大きな達成感がありました。またこの経験があったので「女性が活躍できる社会を目指すこと」が、私のライフワークのひとつになりました。異動については不本意に感じることもありました。それでも前向きに捉え、どんな仕事でも必ず経験となり成長に結びつくと信じて、与えられた仕事を一生懸命こなしました。
次に家族を作ることについて。自分の資源は心・お金・時間の3つです。子育て期は子どもが安全で良好な環境で育つことと、自分の仕事が続きキャリアアップし続けることに重点を置きました。当時の収入のほとんどを子育てのために使う覚悟を持って、生活設計を切り替えました。子供を抱えての転勤は本当に大変でしたが、キャリア作りの為に家族の協力を得ながら受け入れました。
仕事以外の社会貢献活動については、長いキャリア生活によって培ってきた専門性を生かせる領域に軸を置いています。私の場合は、労働問題と女性問題がその領域になります。戦後の女性史を、次の世代に映像で伝えようと、ドキュメンタリー映画「ベアテの贈り物」を作り、全国で上映会を行いました。
なぜ、企業経営にとって女性の活躍が必要なのでしょうか。経営資源を活用し、会社を発展させるのは「人」。いかにいい人材を集め、持っている能力を十二分に発揮させるかが、企業にとって最大の経営課題です。また市場を構成する消費者は多様。同様に社員も多様な方が市場のニーズを理解できます。特に女性の活躍が始まると、それまで見逃していた女性のニーズに気付きます。ひとつの価値観ではなく多様な価値観・発想法を持つ企業の方が、時代の変化に対して強いと言えます。様々な発想の対立と融合によって、これまで会社に無かった商品やサービスが生まれます。この多様性こそが、新しい価値を生み出す企業の原動力になるのです。
まだ日本では約6割の女性が第一子の出産で仕事を辞めています。数年経って仕事に戻るときには非正規雇用が多く、所得の格差とキャリアの天井が低いことが問題となっています。女性のキャリアアップは日本の労働市場・企業の雇用慣行の中では難しいのが現実です。
資生堂ではこの問題に早い段階で着手し、2週間の100%有給の育児休業制度、短時間勤務のための代替要員(カンガルースタッフ)の導入など、仕事と育児の両立支援制度に力を入れてきました。しかし、支援策が充実すればするほど仕事体験の男女差が開き、ひいてはキャリア差になるという危機感を持ちました。仕事を免除する支援策ではなく、仕事体験ができるようにする支援策にシフトすべきではないかと気付いたのです。
仕事に好循環を作るのがワークライフバランス。家庭生活が仕事に結びついた事例があります。毎朝家族のお弁当を作る男性社員が、小さな醤油のパウチ袋をヒントに、シャンプーのサンプルパックの問題を解決に導きました。これによって生産効率が改善したのは言うまでもありません。
これまで日本の企業は、会社に貢献した年月に応じた年功式の評価でした。では同じ目標・同じ能力の社員の勤務時間に差があった場合、誰を高く評価しますか。これからは子育てに限らず、男女問わず介護も増え、それに伴い時間制約のある社員が増加します。この評価は今後大きな問題になるでしょう。出した成果に対して費やした労働時間、時間生産性を評価すべきだと思います。
男女雇用機会均等法が施行されて26年にもなるのに、管理職の女性非率はまだまだ少ないのが現状です。そこで、実際の男女格差を埋めるための対応がいくつかあります。例えば、ある時期までに役員や管理職に占める女性の割合を一定以上にすることを、企業に義務付ける「クオータ制」。変化は早いのですが、適任の男性がいても女性を登用しなければならないという、企業側にとって困ったこともあるそうです。
私が推奨するのは「ゴール&タイムテーブル方式」。各企業が自由に決めた数値目標を基に、経営方針を定め、計画プログラムを作り取り組んでいきます。資生堂では女性管理職の育成を急ぎ「一人別の人材育成の立案と推進」に取り組んでいます。しかし一生懸命育成しても全ての社員のレベルが到達するとは限りません。女性に対しては育成の段階では優遇しますが、評価や登用の段階では優遇しません。そうすることで、男性社員も女性社員も納得していただけます。
女性を部下に持つ管理職の方に配慮していただきたいことは、妊娠中の母性保護と育児との両立です。加えてその配慮が、個人にとってジャストフィットであることが大事です。例えば、核家族でお迎えの時間を気にする方に急な仕事を頼まないこと。一方、急な残業に対応できる体制を持っている方への過剰な配慮は、成長を阻害します。何が必要なのか、日頃からコミュニケーションを図り、生活環境やニーズを把握して下さい。
仕事の与え方、異動のさせ方については、男性と全く同じ扱いで良いのです。人を育てるのは仕事自体。仕事の面白さの体験は、女性のやる気を引き出します。また、社内にロールモデルがいなければ、外部のネットワークに求めても良いと思います。
女性は子育てのために仕事を辞めてはいけません。家族の支援をはじめ、様々な社会的サービスを最大限に活用し、仕事を続ける意志を貫いて下さい。時代が、女性の力を今以上に必要としています。あきらめず、素晴らしい仕事のチャンスを掴みましょう。充実した人生を送り、社会で活躍しているあなたの姿はきっと、女性の後輩や部下などにとって大きな励みとなります。そして女性後輩の話にも耳を傾け、語り合う時間を持ち、次世代の女性の力になっていただきたいと思います。
【フォーラム2012】