【ロールモデル】
ロールモデルとは
九州大学 主幹教授・伊藤極限プラズマ研究連携センター長 (取材時:副学長)
国内では数少ない女性の物理学者として、これまで権威ある数々の賞を受賞し、世界中で活躍する伊藤早苗さん。現在、九州大学において、極めて高い業績を有し研究戦略の先導的な役割を担う者に与えられる称号である「主幹教授」として日々研究に励みながら、「副学長」として、さまざまな意思決定の場にも参画している。
伊藤さんが物理学者になりたいと思ったのは、小学生の時。本で読んだ「キュリー夫人」に憧れたからだ。「物理がどのようなものか、その時は具体的に知らなかったけど、『ブツリ』という語呂が気に入ったんです」と笑顔で語る。幼い頃からの夢を大切に描き続けながら大学へ進学。東京大学理科一類の新入生約千人のうち、女性は4名だけだった。当時、人気があった物理学科に進むために入学後に猛勉強をした、当時を振り返る。大学院では、プラズマについての研究を始めた。
研究者になるきっかけとなったのは、母の存在。母も研究の道へ進んでいたものの、戦争で断念せざるをえなかった。「私が病気で学校を長期間休んだ時に、母から勉強を教えてもらいました。論理的で分かりやすく、気が付いたら実際の授業よりもかなり進んでいたんです」。そんな環境の中、伊藤さん自身も自然に研究の道へと進んだ。「一人で生きる必要はないけれど、一人で生きる能力は身につけておかなければならない」という母からの教えは、伊藤さんの心の中にいつもあった。
28歳の時に、大学の同級生で、同じくプラズマ研究者である夫と結婚。結婚後は、それぞれの拠点で研究をしながらも、同じ学会に参加したり、共同で論文の執筆をするという日々を送っている。1992年、九州大学応用力学研究所教授に就任。1993年には、原子物理学とその応用に関し、優れた研究業績をあげた研究者に表彰される「仁科記念賞」を二人で受賞した。「休みの日は散歩がてら約10キロ、2時間のウォーキングをします。自然に触れながら、時には夫と研究について意見交換をしながら。さまざまなことに興味を持つのは、研究をするうえでも大切です」。
研究室では、“チャレンジして勝ち取る”ことをスローガンに掲げている。また、ヨーロッパ物理学会で優れた成果発表をした大学院生に対して、伊藤さんの名を冠し設けられた、「伊藤賞」を授与して表彰し、共同研究の機会を提供している。「科学の場合イエス・ノーがはっきりしているから、男女の違いは全く関係ない。優秀な人材が増えてくれるとうれしいですね」。
プラズマ一筋40年。
その魅力と尋ねると、プラズマは、つかみどころのない正体不明の存在で、どういうふるまいをするのか、もやもやしていて解かずにはいられないそうだ。
研究の原動力は、『好奇心・挑戦心・変革』だという。「研究にはゴールがない。だからこそゴールは自分自身で決めるもの。ある部分まで分かりたいと思って、とにかく夢中でやっているけど、新たな発見をするとそれ以上に理解を深めたくなるんです。抜けられなくてココまで続いています」。
夢は“九大をプラズマ物理の国際拠点にする”ことだという。「どうなるかではなく、どうするか」。逆風であろうが順風であろうが、自分は何をしたいのか・何をすべきなのか考えて、実行している。これまでの自身の経験を振り返り、女性にエールを送る。「どんなことでも勉強になるから、とにかく踏み出してみること。新しいことにたくさん触れて、貪欲に吸収して欲しい。そのちょっとした一歩で世界がグンと広がるので、恐がらないで何でもチャレンジしてもらいたいです」。持ち前の向上心と探求心で、その目は、未来科学へのさらなる発展へと向いている。 (2013年11月取材)
「これまで私の仕事を支えてくれた大切なものです」と言って見せてもらったのは、短くなった数多くの鉛筆。机の上で、紙と鉛筆を使いひたすら計算し続けるのが研究方法という伊藤さん。鉛筆は削れなくなるまで使った後、瓶に入れて大切に保管。いっぱいになった瓶の中には世界各国の鉛筆が入っている。
愛知県出身。東京大学大学院理学研究科物理学専門課程博士課程修了。理学博士。広島大学助教授、名古屋大学客員助教授、文部省核融合科学研究所助教授を歴任し、1992年から、九州大学応用力学研究所教授を経て、現在、九州大学主幹教授・伊藤極限プラズマ研究連携センター長。2012年10月~2014年9月まで副学長を務めた。
副学長・第39回仁科記念賞、第10回日本IBM科学賞、文部科学大臣表彰科学技術賞、フンボルト賞(ドイツ)、英国物理学会フェロー、プロバンス大学名誉博士号(フランス)など。
キーワード
【あ】 【研究・専門職】