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海老井 悦子(えびいえつこ)さん (2011年3月取材)

【ロールモデル】
ロールモデルとは

福岡県女性財団顧問 / 前福岡県女性財団理事長 / 前福岡県副知事

幸せな人生を生きる力を、一人一人が身につけていってほしい

 福岡県副知事に就任して5年目を迎える海老井悦子さん。県内2人目の女性副知事として、男女共同参画の推進をはじめ、青少年育成、国際交流、文化・スポーツ振興、環境など様々な施策に積極的に取り組まれている。「副知事」というと、さぞ近寄りがたい方かと思いきや、優しく、暖かい笑顔が迎えてくれた。

「やってみると面白かった」・・・教職との出会い

 「教育というのは人間対人間。一番大事なことは相手を信じること」と語る海老井さんは、長年、教育者を軸として歩み続けてきた。海老井さんの天職ともいえる教職だが、意外にも最初は教師になりたいとは全く思っていなかったという。「教育というのは、良くも悪くも生徒に対する影響が大きいので、恐ろしくてそういう立場になろうとは考えられませんでした」と振り返る。実際、大学卒業時に内定していたのは「出版社」。当時の女性としては珍しい就職先であったが、入社直前に東京勤務と言われたため、結婚を控え断念、かわりに就職したのは大学の研究室で、「考えるロボットづくり」に携わるというユニークな経験ももっている。夫の転勤により2年で退職、その後、2年間、育児に専念したが、この時期、今後の人生について悩んだという。当時は、26歳で子供がいる女性というだけで就職では門前払いされる時代で、女性の人生の選択肢は非常に少なかった。
 そんな矢先、高校の教師をしていた先輩が産休に入り、その代替の非常勤講師として、「なりたくなかった」という教育者としての第一歩を踏み出す。「やってみると、生徒たちとの交流は実に面白かった」と語る海老井さん、生徒たちは授業の合間に恋愛の話から進路の話まで様々な悩みを持ちかけてきた。青春期の子ども達と関わることのできる、教師という職業にやり甲斐を感じ、教職員採用試験に合格、本格的に教育者としての道を歩み始める。

生徒たちと本気で向き合い、人として大切なことを教える

 教師になった1970年代後半は、校内暴力など、様々な問題を抱えて荒れる高校生が多かった時期、最初に赴任したのもそんな高校だった。生徒指導の毎日で、「怒るために教師になったんじゃない!」と、本気で辞めようとも思った時期もあったという海老井さんだが、「辞める前の最後の1年は徹底的に生徒と向き合おう」と心に決め、人として大切なこと、社会人として基本的なルール・マナーは絶対に守らせるという姿勢で臨んだ。本気で関わるうちに生徒たちも変わっていったという。感情的な叱り方ではなく、生徒たちに気づかせることを大切にしたのは、自ら気付き、行動できるようになることが、成長であると考えたからだ。しかし、変わっていく生徒たちを目の当たりにし、教師への自信と自覚を強くして続けていく決意をした。

自立して、幸せな人生を生きるために

 その後、教頭、校長、教育庁理事などを歴任。城南高等学校の校長時代には、自身が教師になるまで回り道をして、「高校時代からしっかり進路を考えていたら」という反省も踏まえ、「ドリカムプラン」(*)を積極的に推し進めた。これは、生徒自身が、高校時代から将来への夢や職業について考え、その実現のために目的をもって卒業後の進路を選択していく。その為には高校時代に、どんな情報、体験、学習が必要なのかを、3年間の進路学習プログラムを作って指導していくというもの。「なんのために学ぶのか・・・一人の人間として幸せになるため、そして一人の社会人としてその責任を担ってしっかりと生きていくため。そのために自分の生き方や仕事について考え、様々な問題を切り拓いていく力をつけていく、それが教育」という海老井さんの教育に対する信念が脈々と息づいている。
 また、管理職として、教師一人ひとりの能力を適正に活かすよう努めた。「相手を信じる」というスタンスは、生徒同様、部下である教師たちに対しても変わらない。「失敗は考えるきっかけ、成長の要件、そこから何を学んで次に活かすかということが重要。最終的な責任をとるために校長がいる。だから、取り返しのつかない失敗をしないように取り返しのつく失敗は恐れずにしてほしい」と語る海老井さんの笑顔からリーダーとしての懐の深さが伝わってくる。

校長から副知事に

 そんな中、2006年、高等学校校長から副知事に突然の転身。副知事になった現在も、教育に向ける情熱は変わらない。学校現場を熟知しているからこそ、副知事として、教育の一つ一つの問題がどういうものかということを行政に示し、教育現場を汲み取るような組織・行政のあり方を考えたいという。
 また、学校教育においても、一貫して男女共同参画の重要性を訴えてきた海老井さんは、2010年から福岡県男女共同参画センターあすばるを運営する財団法人福岡県女性財団の理事長も務めている。「厳しい状況に置かれている女性たちのことを抜きにしては、本当の男女共同参画社会は実現しない。法整備が進み、いろいろな制度ができても、それを意味あるものにしていくのは一人ひとりの心であり、その心を動かすものがないと何も変わらない。自分のまわりだけよければよいというものではなく、全体がよくならないとダメなんです」と訴える。
 最後に、信念について聞くと、「難しい問題にぶつかったとき、逃げないこと」という返事がかえってきた。
 人間として幸せな人生を生きるために、重要なこと、本質的なことを優しく語る横顔の中に、教育者としての凜とした強さが垣間見えた。 

                                                                                                             (2011年3月取材)
 

*福岡県立城南高等学校『ドリカムプラン』
 1995年より実施されている、将来に対して自覚的な生徒を育成することを目的とした高校3年間の進路学習計画。キャリア教育によって、生徒に一流の人物や、本物に接する機会を提供し、自らの大きな夢をもち、人生を主体的・自律的に行動していくことができる生徒の育成を目指している。
(福岡県立城南高等学校ホームページ『ドリカムプラン』より抜粋)

コラム

文学で思索を深めた高校時代

 現在だけでなく、昔から本はよく読んだという海老井さん。高校時代に読んだ『源氏物語』では、女性の生き方について色々と考えさせられたという。様々なタイプの女性たちが登場するので、自分は性格的にはこの人に近いかもしれないとか、あの人はこういうタイプだなとか、様々に思いをめぐらせることもあったそうだ。
 また、同時期に読んだ『徳川家康』([著]山岡壮八)からは、「時代を生きる」ということについて考えさせられたという。「あの時代にあの人たちはこういう風に考え、こういう風に生きたのなら、私たちは今の時代を、どういう時代として捉え、どういう風に生きていくべきなのかということを、歴史感覚を持って捉えることを学びました。」

プロフィール

大分県出身。1969年、九州大学文学部卒業。九州大学工学部研究室での勤務を経て、1975年に福岡県に教師として採用。以来、一貫して教育者を軸として歩み続ける。1994年、福岡県立西福岡高等学校教頭。1999年、福岡県立城南高等学校校長。2002年、福岡県教育庁理事。2004年、同・生活労働部理事兼次長。2005年、福岡県立福岡中央高等学校校長。2006年から2015年7月まで福岡県副知事。2010年から2017年5月まで福岡県女性財団理事長。2017年5月から福岡県女性財団顧問を務める。

 

 

 

 


 

 

 

 

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