講師:樋口美雄さん 慶應義塾大学商学部教授
政府の成長戦略の柱のひとつと位置づけられた「女性の活躍」。その取組として、5月に福岡で「若者・女性活躍推進フォーラム」が開催され、「女性の活躍」は、女性のためだけでなく、日本社会全体に活力を与えるということが議論されました。そこに有識者としてご出席された樋口美雄さんをお招きし、ワーク・ライフ・バランス推進の重要性と、現状の問題、解決の方向性について、雇用と経済の関係を交えながらお話しいただきました。
女性の活躍・ダイバーシティの推進は、個々の企業経営や、国際競争力を高めるためにも重要です。近年、女性の就業率が増加していますが、いろんな調査を併せてみると、日本が抱えている問題が浮かび上がってきます。
私たち研究者は、失業率の統計において、景気の動向だけでなく男女の失業率の違いに着目します。かつて日本経済をけん引していた建設・製造業が、公共事業の削減やリーマンショックの影響で、雇用が大幅に減少しています。一方、サービスや医療福祉等の需要は高まり、雇用が増加しています。この産業構造の転換が、男女の雇用に大きな影響をもたらしました。多くの男性が従事し、「男性活躍の場」であった建設・製造業が減少することで、男性を中心とした世帯主の年間所得が低下し、女性が稼がなくてはならなくなったという見方ができます。
※図表3:男女別完全失業率の推移
女性の社会参画は、10年前に比べて大きく前進し、各年齢層において働く女性が増えています。しかしここ数年、パートや契約などの雇用形態が急増しています。女性の雇用機会の拡大は「量」とともに、正社員として能力を発揮できる「質」の向上も必要です。
※図表1:企業で働く女性就業者の増加
年齢別女性雇用就業率・正規雇用就業率の推移
1997、8年に起きたアジア金融危機をきっかけに、日本の企業における株主が大きく変わりました。海外のファンド等が、配当を得るためにコスト削減の要求を高めてきました。これを受け、企業がリストラを発表すると、株価が上がるような世の中になり、正社員の数が減ってきたのです。
その結果、有期雇用を繰り返し更新することによって、長期間、非正規労働者として働く方が増えています。企業を支える戦力であるにもかかわらず、正規労働者との大きな賃金格差が問題になっています。非正規雇用世帯の増加が日本全体の平均給与を下げているのです。個々の企業や労働者にとって、雇用の安定は重要です。職務を限定するなど正社員の多様化を進め、安定した雇用にシフトすべきだという議論が起きています。パートなどを自発的に選ぶ人も増えていますが、正規社員でも柔軟で多様な働き方を認めることで、多様な人材が意欲を持ち、能力を発揮できるのです。
配偶者手当や、配偶者の年収を103万円(または130万円)以下に抑えるような日本の社会保障制度や税制は、専業主婦が多い時代に作られたものです。一方で、男女雇用機会均等法を施行し、女性の社会進出を促すといった、ブレーキとアクセルを同時に踏むような状況が続いています。共働き世帯と専業主婦世帯に損得がないよう、中立的な制度を望む声が高まっています。
女性の社会進出がめざましい北欧では、役職者に占める女性の割合が高く、企業競争力の高さに反映しています。これは時間当たりの生産性の高さによって、仕事と生活の両立が達成できることを表しています。一方、日本は労働時間が長いのに生産性が低い。週休2日制が普及し、働く日数が減っても、年間労働時間は変わっていません。これでは女性が働きにくいばかりでなく、過労死やメンタルヘルスの問題にもつながります。この労働時間と生産性の関係に、カギがあるのではないでしょうか。加えて、日本は他の国と比較して男女の賃金格差が大きく、これを解消していく必要があります。
無駄な残業をなくし、時間当たりの付加価値向上を図ることが、ワーク・ライフ・バランスを推進していく上で重要です。そのためには、社員だけでなく、経営者の意識改革を進めることが大きなポイントと言えます。生産性を意識することで仕事内容を向上させ、他の社会参加や家事・育児に取り組める状況を作ることが大切です。個人の時間には限界があります。時間を大事に使うこと。これは、広く多くのみなさんに、認識していただきたいですね。
江戸時代の「家制度」や明治時代の「男は外、女は家」という良妻賢母教育など、その時に受けた教育は、人の考え方に影響します。教育の大切さを認識し、社会全体で男女共同参画を進めるのが重要です。
かつて、女性が働くことが出生率が低下すると言われ、女性は子供か仕事かの二者択一を迫られてきました。1980年の統計では、働く女性が少ない国の方が出生率が高いのですが、今では働く女性が多い国で出生率が高まる傾向にあります。これは、男女が共に働き、共に家庭を守るといった、両立可能な社会を作ることができることを表しています。
共働き家庭の夫の家事育児に関わる時間を見ると、夫がどれだけ協力しているかが、第二子を産むときに大きな影響をもたらしていることがわかります。ここでも、ワーク・ライフ・バランスの推進は、企業における働き方だけでなく、少子化にも影響していることがわかります。11月23日は、勤労感謝の日であると同時に「ワーク・ライフ・バランスの日」とされています。意識を改善し、無駄な制約を取り除き、十分に意欲と能力を発揮できる社会を目指していきましょう。
【フォーラム2013】