ロールモデル
ロールモデルとは
講師情報
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久留米工業大学 建築・設備工学科 教授
男子学生が大半を占める久留米工業大学で教授を務め、歴史的な町並みや文化的景観などの保全とまちづくりに取り組む大森洋子さん。柔らかな物腰と軽やかな身のこなしが印象的な女性だ。「学生からいつも元気をもらっています」と明るく笑う。彼らとのフランクなやりとりから、母親のように慕われる存在であることが伺える。「まさか自分がこんな道を歩むとは思ってもいなかった」という大森さんの生き方に耳を傾けた。
大学の建築学科を卒業後、設計事務所に就職し、結婚後、27歳で自宅1階に大森設計室を開設した。同業の一級建築士である夫が同じ事務所で働くようになったのは、二男が誕生して自分一人では仕事に手が回らなくなったためだった。だが、5歳上の夫と一緒だと、自分は周囲から手伝いにしか見てもらえなかったという。「夫と別のことをやってみようかなと思い始めました。もともと都市計画の分野を勉強したいという気持ちがありましたから、夫も私が大学院に行くことを応援してくれました」。
34歳で受験し、35歳で入学。奨学金制度を利用し、2年間、週に3~4日大学院に通い、仕事も続けた。当時、まだ6歳と4歳だった息子たちの世話は夫に協力してもらい、時には夫の両親にも手助けしてもらった。
大学院修了後、国立有明工業高等専門学校の建築学科助手として勤務していたところ、久留米工業大学から助教授の声がかかった。そこから、大森さんのストーリーは新たな幕を開けた。
3年間の有明高専での勤務を経て、1999年から久留米工業大学で教鞭を執る大森さん。今や「歴史的町並み地区における景観管理システム、ツーリズム」の専門家として知られるように。大学での講義や研究のほか、都市計画審議会委員や文化財専門委員など、福岡県内外で多くの市町村の委員を務める。講演は国内だけでなく、台湾など海外からも依頼される。
大森さんの主な活動は、歴史的町並みが残っている地区が国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されるよう、行政と連携して建物の調査を行い、保存計画を策定することだ。調査には学生らも同行させ、地域住民へのヒアリングなども行う。これまでに、八女福島や日田市豆田町など、九州・山口を中心に各地の調査に取り組み、まちづくりに携わってきた。全てのまちづくりは、住まいや暮らし方に関わることなので、そこで生活する住民と理解を深め合うのに相当な時間を要する。現代の生活スタイルを尊重しつつ、文化財を守るという社会的役割を全うするのはかなり根気の要る仕事だ。しかし「価値あるものは残していかなければ」という想いから、研究者としての意見は行政や住民に対してしっかり伝えるという。
大森さんは男性の多い環境で仕事をしているが、「男女の壁をあまり感じたことがない」と言う。また、家庭での役割について「夫は子どもの学校行事にもすすんで参加してくれましたし、買い物や料理は今でもしてくれます」と話す。家事はやれる方がやる、というのが大森家のごく自然なスタイルだ。
小さい頃は、祖父に「女はでしゃばるな」と言われて育ったという。社会に出てしばらくは自分の意見を言うのは苦手だったそうだ。「最初はドキドキしながら教壇に立っていたし、委員会で意見を言うのも勇気が要りました」と振り返る。今では、女子学生に対して「女性だから無理なんて思ったらダメよ」と激励の言葉をかけているという。
「結婚生活は、夫婦がお互いに目標を持っている方が幸せでしょう」と話す。息子たちにも「家事をちゃんとやりなさい」と教え、炊事ができるように育てたそうだ。
「女性は子どもが小さいうちは、自分の気持ちにブレーキをかけがちだけれど、やりたいことがあるのなら、協力してくれる人を見つけること。公的な支援制度を利用する方法もあります。目的を遂げるのに時間がかかってもいいじゃないですか」と女性たちにエールを贈る。
2012年の冬、「NPO法人全国町並み保存連盟」の全国大会が福岡で開催された際、大森さんは「地域遺産を守り、どう活用するか~女性の活動現場から」というシンポジウムのコーディネーターを務めた。パネリストは九州各地でまちづくりの活動をしている女性5人。「この分野で女性ばかりのシンポジウムは珍しく、面白かったと好評でした。女性パワーってすごいと感心されました」。
歴史的町並みだけでなく、文化的景観、農村景観、農家民宿など、研究分野も広がってきた。「多くの人を巻き込み、価値ある町並みや素晴らしい景観のファンをいかに増やすかが今後の課題。きっちりと将来を見据えて、文化遺産と観光を結びつけたまちづくりができたらいいなと思っています。これからも頑張っている地域の人たちを応援したい」。遠く定めるゴールに向かって、今日も学生らと歩みを進める。
(2013年5月取材)
年に1度は海外に調査に出向く大森さんが、これまでで一番印象深かった土地がクロアチアのドゥブロヴニクだそう。「アドリア海の真珠」と謳われ、世界遺産にも登録されている。「1991年に独立を宣言した途端にユーゴスラビア連邦軍から攻撃を受けて、7割近く全半壊したのに、10年くらいかけて中世の街並みに復元したのが感動的で」と声を弾ませる。夢は、まだ訪れていない国内外の魅力的な町に、夫とじっくり滞在することだそう。
八女市黒木町生まれ。熊本大学工学部建築学科を卒業後、設計事務所に入社。結婚後、27歳の時に、大森設計室を開設。35歳で九州芸術工科大学大学院に入学し、2年後、博士前期課程修了。国立有明工業高等専門学校建築学科助手を経て、1999年に久留米工業大学建築設備工学科助教授、2003年より教授となる。博士(芸術工学)・1級建築士。日本建築学会会員、日本都市計画学会会員、NPO都市・建築遺産保存支援機構理事、NPO法人全国町並み保存連盟理事など。
キーワード
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