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角銅 久美子(かくどうくみこ)さん (2013年3月取材)

【ロールモデル】
ロールモデルとは

有限会社福岡建築設計事務所 一級建築士

子育て経験が仕事に活きる

 黒をベースにしたパンツスタイルに、真っ赤な靴。ショートヘアに快活な雰囲気が漂う角銅久美子さん。50年ほど前に福岡県で初めての女性一級建築士となった、まさに女性建築士の先駆者といえる存在だ。第二次世界大戦のさなか、北九州市で生まれた角銅さん。進路について考えたのは、戦後すぐの混乱した状況下だった。「戦争未亡人が多く、女性が仕事に就くのは難しい時代でした。教職にあった父に、女性も手に職をつけなければとアドバイスされたんです。衣食住のうち、住の分野には女性が進出していない。それで建築士を目指すことにしました」。ちょうどその折、地元の戸畑工業高校に、北九州初の建築科が新設された。女性には門戸が開かれていなかったものの、角銅さんの希望を知った中学校の校長が高校に働きかけてくれて、入学が実現した。学校の中を見回しても、女子学生は角銅さんひとり。「勉強しに来たのだから、まわりの人とは必要なときだけ話せばいいと割り切っていた」というから、肝がすわっていたのだろう。滋賀県の大学へ進学すると、ようやく女子学生がもう一人いて、学生生活を謳歌したという。

使う人の視点から出発する空間づくり

 大学卒業後は、福岡で建築事務所に就職。その年に二級建築士の資格も取得した。「早く資格を取りたかったの」と角銅さんは打ち明ける。「現場は完全な男性社会で、私は『何しに来たか』と言われることもあって…」。資格は自信につながり、仕事にのめり込んだ。けれど、24歳のときに同僚の建築士と結婚して退職。3人の子どもを授かり、一番下の子が幼稚園に入るまで、家事と育児に専念することに。「その6年間は毎日とても苦しかった」と振り返る。「同級生はいいポストに昇進していくのに、私は出産と子育てでキャリアを中断せざるを得ない。嬉々として仕事する夫すら憎たらしく感じることもありました」と本音をもらす。ただし、角銅さんは立ち止っていたわけではない。長男を出産して2か月後には、一級建築士の試験に合格。知人から頼まれる在宅の仕事もすすんで受けた。
 そうしてわが子が入園すると、夫婦で設計事務所を開業した。「いざ仕事を始めると、家事と育児に没頭した経験がものすごく活きてきて」、角銅さんの表情がぱっと明るくなった。主に手がけたのは、保育園や幼稚園などの児童施設。「子どもの気持ちや行動が実感としてわかっていたので、子どもの代弁者として、子どもの視点を盛り込んだ空間づくりを心がけました。視界を広くしたり、動きやすくしたり。それに、先生やお母さんたちの視点も考慮しましたよ」。角銅さんの設計する園は、学校設計の延長として男性建築士が考える園とは、明らかに一線を画していた。「建物は自分を表現する作品ではない」と考え、自身の経験を糧に、使う人の立場に立った角銅さんの空間づくりは評判をよび、次々と依頼が舞い込んだ。ちょうど保育園が各地で建ちはじめたという時代背景も、追い風となった。

緑と水をテーマにしたボランティア活動

 そんな角銅さんは、60歳のときに転機を迎えた。夫が亡くなったのを機に、事務所を息子に引き継ぎ、好きなことをしようと決意したのだ。まずは「緑を増やすことで、福岡の街に統一感をもたらしたい」と考え、建築士仲間に呼びかけて「花ば咲かせ隊」を結成。幼稚園や保育園、街に花を植え育てる活動をスタートした。平成17年からは、福岡市緑のまちづくりリーダーに就任。「緑や花を通じて人びとがコミュニケーションを図り、住む人たちの意識も高まれば」と話す。また、雨水を活用した街づくりにも取り組み、平成22年に台湾で行われた国際花博では、水と緑とエコをテーマにした庭園造りに挑戦して銅賞を受賞。さらに、災害への対応や防災活動にも尽力している。たとえば福岡西方沖地震では被災した建物を調査し、仮設住宅を緑で彩るなどの活動を行ってきた。多彩な取組が評価され、平成22年度に個人で「福岡県防災賞」、24年には内閣府「エイジレス章」に輝いた。
 緑と水、防災をテーマに、17年にわたり様々な活動を展開してきた角銅さん。行政やNPO、建築士会、大学などに声をかけると、年代や立場を越え、いろんな人が協力してくれたという。多くの人を巻き込んできたがゆえに「私の被害者の会があるらしいですよ」と冗談めかして笑い、「まわりを巻き込む秘訣は、自分が楽しむことかしら。そうじゃないと他の人も楽しめないでしょ。きっかけを作ると、いろんな人が賛同してくれて、みんなで活動の価値を高めてくれた」とうれしそうに目を細める。今年77歳となり、「そろそろ次世代に活動を引き継いでいきたい。引き継いでくれる人はいっぱいいるから」。街と人と環境に優しいアイデアを形にしてきた角銅さんの想いと活動は、福岡の地に根付き、未来に花を咲かせていくのだろう。
(2013年3月取材)

コラム

私の大切な時間

角銅さんの趣味は読書。「私は10歳のときに母を亡くしたので、本からいろんなことを学ばなければという気持ちがありました」。最近、読んだのは宮本輝さんの「水のかたち」。緑や水に関する本をよく読むという。

プロフィール

昭和10年、北九州市生まれ。戸畑工業高校、滋賀県立短期大学(現・滋賀県立大学)工学部建築学科を卒業後、福岡の建築事務所に就職。結婚して3人の子どもを出産後、昭和43年に夫と「福岡建築設計事務所」を設立。数多くの保育園をはじめ、幼稚園、学校、福祉施設、住宅などの建築設計を手がける。平成6年、財団法人福岡市緑のまちづくり協会の緑のまちづくり賞「プライベートグリーン設計賞(長住保育園)」受賞。平成22年度「福岡県防災賞」、24年内閣府「エイジレス章」に選ばれた。

 

 

 

 


 

 

 

 

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