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山倉 千賀子(やまくらちかこ)さん (2011年3月取材)

【ロールモデル】
ロールモデルとは

株式会社ガンバリオン 代表取締役社長

永く愛されるゲームをつくる会社へ

 

ゲームのバイヤーとして、感性が磨かれた頃

 株式会社ガンバリオンの代表取締役社長として、数々の人気ゲームをプロデュースしている山倉千賀子さん。ときには自ら営業を行うなど、ゲームに対して幅広く携わっている。
 そんな山倉さんがゲーム業界に入るきっかけとなったのは、ゲームショップでの販売のアルバイトを始めたことだった。工業高校卒業後、一度は建築士目指し上京して就職するも、自分の思い描いていた世界とは違い、3ヶ月で帰福。それから就職までの「つなぎ」として始めたアルバイトだった。
 そのゲームショップは、始まったばかりで、これから発展していこうという時期だった。入ったばかりの山倉さんにも、店長として、ゲームの入荷から販売、在庫管理まで幅広く任されることになった。それまではあまりゲームに触れたことはなかったが、自分が実際にテストプレイして売れると読んで受注したゲームに、お客さんからの生の反応が返ってくることなども面白く、ゲームに関する多くの刺激を受けていった。そして最終的には、10数店舗全ての商品を本部付で統括的に管理するバイヤーの立場を任され、多くのメーカーや問屋との取引を行うようになっていった。こういった中で、ゲームに対する様々な感性が培われ、マーケティング感覚も磨かれていったという。

9人の仲間で、「ガンバリオン」を創立

 しかし、ゲーム業界は移り変わりの速い世界。次第にゲームソフトは、問屋を通さずにコンビニなどの小売店に直接並び始めるようになっていた。そんな中で、「私は何を売っているんだろう?」と振り返り、自分が売っていた「ゲームそのもの」を開発する側にも興味を持つようになる。そうしてその思いが強まり、長崎のソフトハウスに営業職として入社。ここで「ガンバリオン」の創業メンバーたちと出会ったことが、その後の人生の大きな転機となっていった。
 当時のソフトハウスの多くは、「自分達が作りたいものを作るために、会社を作っているという感じでした」といい、山倉さんがこれまで当たり前に行ってきた、どのタイトルがどれだけ売れていたかといった、マーケティング的、経営的な視点はを持ち込むのは珍しい状況だったという。そんな状況もあってか、会社の業績は芳しくなかった。
 そういった中でも、その会社にはない視点を持つ山倉さんを多くの技術者たちが認めており、また山倉さんも、そういった技術者たちの能力の高さを認め、お互いに魅力を感じていた。そして1999年、その中の9人が集まり、「有限会社ガンバリオン」を創立。山倉さんが27歳の時だった。

一人ひとりが一人前、全員がプロであるように

 創立当初は20代前半の若いメンバーが中心。「1本のソフトを自社だけで開発できる9人という当時最低限のメンバーが集まりました。一人ひとりが一人前。全員がプロであるように心がけています」という技術力に裏打ちされ、その延長線上に同社の発展があった。創立当時のメンバーのほとんどは、今でもコアメンバーとして活躍。日々の交流も絶えないという。
 女性が少ない業界の中で活躍し続ける山倉さんの姿は各メディアでも紹介され、「ガンバリオン」の名とともに、全国的に知名度が高まっている。「分進秒歩」といわれる速さで発展するゲーム業界の中で、近年では「産・学・官」の連携を軸に、九州・福岡のゲーム・デジタルコンテンツ産業を盛り上げる取り組みにも積極的に携わっている。

 ゲームの制作会社は、発想やアイデアが大事で、人が資本でもある。特に福岡はそのための環境が整っており、これからも福岡を拠点に、「永く愛されるゲームをつくりたい」と最後に次のように語ってくれた。
 「遊びを生み出す人が、いかにいい環境で、楽しい環境で仕事できるというのは大事だと思います。福岡は人が楽しめて、暮らしやすく、人のポテンシャルやモチベーションを引き出す、とてもいい環境だと思います」。
                                    (2011年3月取材)

※写真は、2011年5月26日発売の「ワンピースアンリミテットクルーズSP」(ニンテンドー3DS)
 発売:バンダイナムコゲームス 開発:ガンバリオン
 (c)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション (c)2008-2011 NBGI

コラム

ガンバリスイッチの「オン」と「オフ」

 山倉さん個人の日常の1コマや、日々の思いを紹介するブログ「やまちかつれづれ帳」。執筆開始から、5年を超えるものとなったが、1日も欠かさず毎日更新しているそうだ。二匹の猫のペット「たびちゃん」と「ペコちゃん」の話や、毎月行っているガーデニングの紹介、おいしかった食事の話など、仕事と離れた普段の山倉さん個人の興味深いエピソードが色々と掲載されている。
 社名のガンバリオンは、『ガンバリスイッチをオン』にすることが由来。こうして、仕事とプライベートでガンバリスイッチの「オン」と「オフ」を上手く切り替えているからこそ、日々の活力が生まれているのだろう。

プロフィール

福岡県出身。ゲームショップでの販売を4年程経験後、長崎のソフトハウスに営業職として入社。1999年、そこで出会ったメンバー9名で、有限会社ガンバリオンを創立(2002年に株式会社に組織変更)。2001年、福岡市に拠点を変更。様々な人気ゲームソフトのプロデュースを手がける。2004年からは、九州・福岡を拠点とするゲーム制作会社が集まり、ゲーム産業の発展を目指す団体、GFF(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)の設立にも中心的に携わる。現在は、GFF副会長も務め、九州大学、福岡市とともに、「産・学・官」の連携によって、九州・福岡のゲーム産業の振興も行っている。2010年、第9回福岡県男女共同参画表彰(県民賞)受賞。

 

 

 

 


 

 

 

 

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