【ロールモデル】
ロールモデルとは
九州大学大学院医学研究院 保健学部門 看護学分野 教授、社団法人福岡県助産師会会長
九州大学で助産学・看護学の講座を担当し、福岡県助産師会の会長でもある平田伸子さん。近年、積極的に取り組んでいるのは、周産期医療の場から子どもの虐待を予防することだ。妊婦と複数回の関わりが持てる検診の場を生かし、子どもへの愛着や育児力といった母性感情を高めること、虐待の兆しに鋭く気づける意識と目を持った看護師・助産師を育てることに力を注いでいる。
「親性が育まれていない未熟な人が、生物学的な親には簡単になってしまう今、ひとりの女性が母親になるには、心から感動し、満足できる出産体験が必要だと思います。涙を流すほどの体験をした女性は、わが子を愛しく見つめる目線が違う。そこに医療行政がもっと敏感に目を向ければ、子どもの虐待という病理現象も変わるような気がしてなりません」。
男性の父性感情もまた、こうした感動体験から芽生えてくる。子どもの誕生後、お風呂に入れたりおむつを替えたりといった関わりを繰り返すことが、育児の楽しさや新たな自分の発見につながると訴えている。
性差による職業選択の制限がほぼなくなった現在でも、保健師助産師看護師法第3条(「この法律において『助産師』とは―(中略)―女子をいう。」)により、助産師は女性にしかなれない職業のひとつだ。しかし平田さんは、男性が入ることで助産の世界が変わるのではないかと期待している。これからの超高齢化社会、男性も共にケア役割を担っていかなければと。ところが、教育の機会均等を掲げて男性にも門戸を開くよう声を上げると、各方面からの多大な批判や反発にぶつかった。
「男性の産婦人科医がいるのに、なぜ助産に男性が入ってきてはいけないのか。一時期は盛んに『男性助産士』の問題が浮上しましたが、実際のモデルがないからイメージしにくいんですね。『ケアは女性の役割だ』という、女性自らの意識も強すぎるような気がします」。ケアを提供する専門職の領域には、男女共にいることが望ましい――残念ながらその議論は遠ざかってしまったが、今なお平田さんはそう確信している。
一方、働く女性の健康問題を調査すると、PMS(月経前症候群)などの苦痛を抱えながら仕事をしている人が多く、職場の理解が十分ではないと平田さんは指摘する。
「月経や性を語ることは長くタブー視されていたので、なかなか表面化しにくいんです。女性であるがゆえの苦痛に、もっと管理職が目を向けなければ。妊娠・出産に対してもそう。そういう点も、女性の管理職が増えれば変わると思います」。
平田さん自身も、共働きで実家の援助を受けながら3人の子育てに奮闘。「綱渡りのような生活」だった経験を踏まえ、自らの部下には積極的に育児休業を取得するよう勧めている。また最近は、出産前のマタニティスクールに夫婦で参加する人も多く、立ち会い休暇・育児休暇を取る男性の増加を頼もしく感じることも。
「ぜひ勇気を出して、後に続く人のために育休取ってくださいねとお願いしています。少しの勇気が広がって、当たり前の風が吹いてくるようになりますから」。
(2011年2月取材)
日々、大学と助産師会の仕事に追われ、土日も残務整理のため研究室へ。「非常にQOLの貧困な日々を過ごしています」と苦笑する平田さん。なかなか趣味を充実させる時間も取れないそうだが、ちょっと遠出の出張では空いた時間に近辺の散策を楽しんでいる。「一番の気分転換は、お酒を飲むこと。ビールが大好きなんです。忙しくした後は、みんなでワイワイ騒ぎながらビールを飲んでリフレッシュします」
※QOL=クオリティ・オブ・ライフ。人生の内容の質、社会的に見た生活の質のこと。自分らしさや幸福感、生きがいを感じながら生活できているかを示す尺度となる。
医学博士。ジェンダーの視点からの働く女性の健康に関する調査や、子どもの虐待予防に関する調査を通じ、地域における母子保健体制の強化と各機関の連携、保健医療従事者の育成に取り組んでいる。「働く女性のジェンダー・ストレス」「母子保健とワーク・ライフ・バランス」「女性の身体と性」などをテーマに講演やセミナー、シンポジウムも多数。一般市民や小中学生への啓発活動を続けている。2008(平成20)年から福岡県助産師会会長。
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